愛知県岡崎市の乙川河川敷で11月、無職の花岡美代子さん(69)が殺害された事件で、県警岡崎署捜査本部は28日、住所不定、無職、木村邦寛容疑者(28)=窃盗容疑で逮捕=と同市の中学2年の少年(14)=強盗容疑で逮捕=の2人を強盗殺人容疑で再逮捕した。
年末になってから、おもしろい事件が多すぎる。みんな生きるために必死なのがよくわかる。必死の場合、法律なんかかまっていられないからだ。
さて、現在の法律は完全な欠陥がある。それは法学者も知らない。生物学者の一意見だ。
99歳のおじいさんを殺すのと、生まれたばかりの赤ちゃんを殺すのと、16歳の少女を殺すのは、生物学的にその罪の重さが異なる。
前にも述べたが、キリスト教ではオナニーをすることすら殺人罪という考え方がある。それは命の素である、精子や卵子を無駄に殺すからだ。妊娠中絶も妊娠21週までなら、殺人罪にならないが、妊娠22週で中絶すると殺人罪が適用される。同じく、赤ん坊を殺しても、あと3日で死ぬだろう、危篤のおじいさんを殺しても、女子高生を殺しても、総理大臣を殺しても、罪の重さは同じだ。
これは生物学的にはあり得ない話だ。総理大臣を殺すことはその生物集団への脅威であるからして、1億人殺害に匹敵する場合もある。生物学的には赤ん坊を殺すのは、一人前の人間を殺すよりも罪が軽い。それは、成長や教育にコストをかけていないからだ。99歳の老人を殺しても、生物学的には若者たちにとってはメリットになる。年老いて、尚生きることは、若者の食料を無駄に食いつぶすことになるからだ。したがって生物学的には老人殺しは犯罪ではなく、感謝状ものなのだ。
ちなみに、人間の寿命はなぜ訪れるか? それは年老いた者が生存し続けると、若者たちの遺伝子が繁栄しないからだと言われている。つまり、死は、遺伝子を増やしていくために、遺伝子の中に組み込まれている命令だとされる。だから、老人を殺害することは生物学的には感謝状ものなのだ。
随分ひどいことを言っているが、生物学とは、こうも残酷な学問である。生き物の真実が学べるからだ。
69歳の浮浪者を殺害するのと、16歳女子高生を殺害するのと、本当のことをいうと罪の重さは同じではない。だが、現在の法律は、生物学的見解をとりいれられるほど、賢く作られていない。
別に14歳少年に同情しているわけではないのであしからず。
ちなみに私は医者をしていて思うことがある。交通事故でむちうちにあう人が私の元によくやってくるのだが、時速10キロくらいで追突される場合がある。バックの途中などで。
普通は、時速10キロで追突されて「首が痛い」「医者につれていけ」とのたまう方が常識がないと考える。ただ、中には心身喪失症など、精神的に傷つきやすい人がいたりする。
そのういう人は時速10キロで追突されたにもかかわらず、2年間職場を休み、毎回毎回診断書を医者にねだりにやってくる。
ぶつけた人が災難だ。普通なら、病院に通いもしない人のはずなのに、2年間も病院に通われて、慰謝料を請求されたら、財産がゼロになってしまう。
ところが、今の法律ではそういう被害者の状況を全く(ほとんど)考慮しない。時速10キロの追突で2年間も休むようになるのなら、そういう人が車に乗って街に出掛けること事態が犯罪になるということだ。だって、歩いていて、肩と肩がぶつかりあっただけで、そうなる可能性があるのだから。これは合法な恐喝にも等しいわけだ。
そういう、被害者側の状況を考慮せず、ぶつけた人のみを犯罪者扱いするのはおかしい。実際の被害者は時速10キロでぶつけてしまった側なのだ。むしろ、犯罪者は追突された側だ。なぜなら、そこまで弱いからだなら、どんなことをしていても、被害にあうことが予想される。
予想がつくことをわかっていながら、被害にあうのは、わざと被害にあうという考え方だ。
みなさんはご存じないだろうが、70歳以上の女性はしりもちをついただけで、ほとんどかならず背骨の骨折が起こる。だから、想像を絶する軽い外力で、おおけがをし、加害者はたいへんなことになるのだ。
老人には親切にしましょうではなく、老人には近寄らないようにしましょう、が実はホントのところだ。
運転能力が低下している老人が自転車に乗って、あなたが道から飛び出して、老人が転倒。そして寝たきりになったとする。これって正規にあなたが慰謝料を払うと、何百万円になるかわからない。
だが、今の法律では支払わなければならないのだ。
何度もいうが14歳の少年をかばうつもりではないが、相手は69歳の女性である。殺すつもりがなくても、あっさり死ぬのだ。もちろん、許すべき犯罪ではない。だが、被害者の状態がどうであっても、同じ殺人罪として起訴される現状の法律はおかしい。
PS:ちなみに、川崎市の職員で、私に「休業補償の診断書を書いて欲しい」と一時間近く粘った女性患者がいた。私は「その程度むちうちで、仕事を休むのは、道理に合わないですよ」と断った。彼女は心身喪失症とやらで、他の精神科にもかかっていた。
「あなたは、むちうちで仕事ができないのではなく、精神的に参っているから仕事ができないのであって、それは精神科の先生に診断書を書いてもらうべきですよ」とアドバイスしたのだが、精神科の先生も休業を認めてくれないらしい。それはそうだろう、もう、仕事を半年も休んでいるのだから。
私はこの休業制度に疑問を持ち、川崎市に電話を入れたのだが、終始あいまいだった。
今、公務員が診断書を悪用して、何年も仕事をしないで、給料だけもらっている人が問題になっている。私もまさに、そういう女性に出会ったのだが・・・市も、そういう人たちを見て見ぬふりをしているようである。何年も仕事が出来ないのなら、休職ではなく、退職すべきであろう。仕事をできない人に給料を払い続けることは、税金の横領に等しく、私たちはそれを許すべきではない。だが、こういう人を退職にすると、明日はわが身であるから、誰もそういうことをしない。
ここが市ではなく、一般企業なら、即、クビだというのに、公務員はずいぶんと待遇がいい。仕事をしなくても診断書さえ出せば、お金を貰い続けられるのだ。
こういう人たちを養っていけるほど、日本は裕福ではない。今、日本の赤字は800兆円だ。まさに、こういう人たちのせいでここまで赤字がふくらんでいるのだから。
それにしても、こういう人に追突してしまった人はかわいそうだ。全く気の毒に思う。
今回のブログは被害者の状況も考慮して、罪の重さを決めるのが妥当という話でした。みなさんはどう思う?意見をきかせてくれたらうれしい。