今日の読売新聞の朝刊で保阪正康氏が興味深いことを述べていました。「日本では戦争を論じる基本的な姿勢がなっていない。結論のみの自省や謝罪は空虚となり、形骸化する」と。
私も全く同感です。戦争が始まった理由、兵隊を動員する法律の内容、戦争の作戦、目的、そして結果、そしてこれらの政府の責任などを誰も論じていません。これで果たして次に起こる戦争を回避できるのでしょうか? それは無理というものです。
平和を考えるというなら、「戦争は嫌い」といい続ければいいというものではありません。そこで、今回は戦争が起こる仕組みについて、生物学的立場から論じてみたいと思います。
戦争の基本形はそもそも1対1の喧嘩です。利権を奪い合う喧嘩です。人間も動物も同じです。オスの場合、メスの奪い合い、エサの奪い合い、縄張りの奪い合いです。そのために相手をこらしめるのです。
人間は社会性の強い動物なので、1対1より、1対10で戦った方が勝つことを知り、グループを作るようになります。もちろん、相手もこれに負けないようにグループを作ります。そしてグループ同士の戦争が始まるようになります。
その中で他のグループを合併していき、全戦全勝したグループは圧倒的な強さを誇示するようになり、そこからは戦争がなくなり、平和が築き上げられます。
ところが、平和な時期は誰もが自己の快感を追求するように生きるようになるため、統率力が崩れはじめ、グループ全体の武力が弱まります。すると他の領土からライバルが攻撃してきて、戦争が起こります。
日本のように島国では他国からの干渉は少なく、グループが崩壊すると、地方各地に武装グループが出現し、テロを行うようになります。そして武装グループ同士の戦争がはじまり、再び平和な時代が崩れ去ります。これを永遠に何度も繰り返しているのが人間という生き物です。
さて、日本は戦国時代を経て、徳川家康から家光までの3代で、完全に武力統一されました。徳川に逆らった武将は地方に追いやり、政権を安定させたのです。
ところが、平和な260年間のうちに徳川のリーダーシップは崩れ、薩摩藩や長州藩などが、武力を密かに蓄え、日本を乗っ取ろうという動きが生まれました。まさに薩摩や長州はテロリスト集団と化したのです。
徳川幕府はこれに対し、フランスとタッグを組み、長州に軍を派遣します。当然、長州藩の民は怒り、徳川幕府に対する恨みをふつふつと煮えたぎらせます。薩摩と長州はその頃、犬猿の仲でしたが、坂本竜馬のとりはからいにより、徳川を倒すという共通の目的を持つことで協力しあい、そして軍を動かそうと画策しました。
徳川はその動きを事前に察知し、殺される前に明治天皇に政権を返してしまい、薩摩と長州の攻撃をはぐらかえしてしまいました。しかし、薩摩や長州の民、そして武士たちの生活はいっこうに裕福にならず、しかも身分制度を廃止され、武士の権利が剥奪されたので、薩長の民や武士は激しく怒りました。
この怒りは、薩長の藩主にとって、恐怖です。戦争をしかけようとして軍を作っているのに、幕府にはぐらかされてしまったのですから、その軍がいつ、クーデターを起こすかわかりません。軍の武士たちは、現状のままで何もしない藩主に怒りを感じ、藩主を殺しに来る可能性が大なのです。
薩長の藩主はこの民衆の怒りをどこかにそらさなければ、命がありません。そこで西郷隆盛がこの武力を使って韓国に戦争をしかけようと言い出したのです。つまり、これは爆発しそうな民衆の怒りを藩主から海外の人に向けるための作戦だったわけです。
人間という社会性の強い動物は、巨大な敵が目の前に現れると、衣食住が貧しくても、文句を言わず、戦いを優先させる習性を持ちます。だから「韓国に戦争をしかけろ」と一致団結すれば、民衆の怒りが収まり、藩主は殺されずにすむのです。これがそもそも戦略戦争が起こる仕組みです。民衆のクーデターを阻止するために、わざと海外に敵を作るのです。
ところが、当然、今の日本はそんなことをしてる場合ではないという意見が中央政府から上がります。欧米に追いついて、追い越さなければ、日本は侵略されるという強い恐怖があったからです(富国強兵)。
で、西郷隆盛はどうしたか? 「はい、わかりました」と引き下がれば、どうなるかは明らかです。西郷さんが暗殺されるだけです。怒り狂った民衆には、その怒りを発散させてくれる人が必要であり、引き下がる人はもはや敵と同じなのです。
このような場合、政府の意見を無視して、戦争を起こすか、暗殺されるか?のどちらかを選ばなければなりません。そして平和的解決を望んで、暗殺されたリーダーは絶えません。過去の歴史をよーく勉強すれば、平和的解決を選んだリーダーはほとんど暗殺されるか、お払い箱にされるかのどちらかになっています。よく歴史を勉強してくださいね。
西郷隆盛はその結果、戦争を起こさざるを得ない状況に追われ、西南戦争を起こしました。
すでにこのころの日本は明治天皇下の新政府に民衆が怒りを感じていました。生活が豊かにならず、苦しかったからです。旧薩摩や長州の役人たちも、欲求不満状態です。もうすでに明治の新政府はボロボロ状態。つまり財政破綻状態だったわけです。
しかも、その頃の日本のフレーズは「列強に負けない軍事力を」という方針でしたから、財政困難状態を他の国を侵略して(戦争を起こして)どうにかしようとしていました。戦争を起こす目的で軍事力を増強していたわけです。なぜか? それは何度も言いますが、財政が破綻し、日本国民が貧しく、国民が怒っていたからです。政府にとっては民衆の怒りや不満がもっとも恐ろしいものなのです。怒りが爆発すればいつでもクーデターがおこって暗殺されてしまいます。
生き物というのは、自分が殺されることと、相手を殺すことの究極の選択を迫られたら、必ず「相手を殺す」方向に向かいます。これが戦争の原理なのです。
期は熟して、日清戦争、日露戦争と実際に戦争を起こし、それなりの成果を上げました。しかし、日本が大打撃を食らった日露戦争では、事実上引き分けのようなもので、日本はさら経済状態が苦しくなったのです。
当然、ここで責任のなすりあいが起こります。誰の責任で日本の経済が破綻したのか?という責任問題です。怒りは爆発寸前です。何度も言いますが、爆発すればクーデターが起こります。この怒りをどう抑えるか? これが毎年の政府の課題です。そして国民の怒りをそらす方法もいつもお決まりです。中国を、ロシアを、仮想敵国とし、その敵と戦うことに意識を向けさせるという方法をとったわけです。
もし、そういう方法をとらなかったとしたら…日本内でクーデターが起こり、それに便乗してアメリカやロシアが日本国内のテロリストたちに武器を渡し、内戦状態にして、日本を弱体化し、植民地にされていたことが予想されます。もちろん、そうなっていたとしたら、日本は現在、こんな豊かな先進国でありえなかったはずです。平和を望む人たちは、日本の弱体化にいいように利用されます。諸外国に戦争を仕掛けないと主張する平和主義者のおかげで、国内でクーデターが起こり、内戦状況になるのですから。
皮肉なものです。平和を願う人のおかげで、国が崩壊するのですから。世界史をよーく勉強してみると、平和的解決を望んだ首相がことごとく暗殺されている事実がよくわかりますよ。
そこには経済の破綻、民衆の怒り、という首相レベルではどうしようにもできない条件がそろってしまうのです。これらがそろうと、戦争は避けられません。
以前のブログで、なぜ金正日があそこまで好戦的かということについて論じたことがあります。それは好戦的でなければ、北朝鮮内でクーデターが起こり、彼が暗殺されるからだと述べたと思います。
さて、第一次世界大戦で漁夫の利を得た日本は一時的に好景気になりますが、そのお金を特権階級の人間たちが独占してしまったために、一般民衆は貧乏のままでした。戦争に勝っているのに、貧乏なのです。この癒着構造、わいろ構造は封建社会の特徴です。そして封建社会では民衆の怒りを押さえ付けるために、軍事力を増強することは常套手段。そしてますますの軍国主義へと変貌をとげたのです。
ところが、日本の中国大陸進出をアメリカが阻止しようとしました。さあ、ここで問題です。アメリカに戦争を仕掛けるか?潔く退くかです。
もちろん、退くほうを選んでいるのですが……退くほうを選んだ首相は暗殺される。これが法則。その法則どおり、時の首相、犬養毅は暗殺されてしまいました。なぜか?犬養毅に日本のならずものをまとめる統率力がなかったからです。日本のならず者の由来はそもそも薩摩長州の時代からの人々です。すでに江戸幕府が倒れた時に、日本の統治機構は崩れており、それをむりやり、明治天皇に政権を返した形で丸くおさめてしまいました。しかし、丸くおさまるはずなどないのです。日本は、藩主たちが、自分のそれぞれの国をおさめる形で作られていたので、お山の大将が全国にいっぱいいました。それらはならず者として、密かに君臨していたわけです。地方で根強く君臨していたのです。それが誰だかはわかりません。それを明らかにすれば、私が殺されるでしょう。ですが、裏社会は存在していたはずなのです。というより、こういう状況で王政復古がなされれば、必ず裏社会が出来上がってしまう。その裏社会を統治する力が、犬養毅になかったというだけのことです。
こういう、名ばかりの首相が平和への道を選べば、必ず暗殺されます。当たり前の仕組みです。裏社会の大将は軍を操るだけの力を持っているのですから。
そして満州事変、日中戦争、第2次世界大戦へと発展していったわけです。
この状況で、いったい誰に戦争を止めることができるのでしょう? もし、タイムマシーンに乗って、あなたが、戦争を起こらないようにテコいれするとしたら、どこの何を変えればいいでしょう? 無理でしょう? 避けられないでしょう? なぜなら、江戸時代、いや、それ以前の戦国時代からの恨みつらみから端を発しているからです。
さて、こういうことを考えてはじめて、平和を作るにはどうすればいいのか?を語る資格が出てくるのです。何度も言うように、経済の破綻が戦争の引き金になることだけは確か。だとすると、平和を作るとは、経済破綻が起こらないように努力することではないでしょうか?
ところが世の中は皮肉を心得ている。経済自体が戦争だからです。私は今の世を第3次世界経済戦争と呼んでいます。